免疫細胞BAK療法の効果や費用、治療の流れなどを解説
がんの治療に関する研究は日々進歩しており、近年では標準治療でも効果が出るケースも増えてきました。それでも、なかなか効果があらわれなかったり、適応する治療が見つからなかったりして不安を抱えてしまう場合もあるでしょう。そんなとき、さまざまな治療方法を探しているなかで「BAK療法」という言葉を目にしたことがある方も多いのではないでしょうか。
BAK療法は免疫細胞療法のひとつで、人間の体に備わった機能を利用した、がんに対する治療方法です。今回は、この「BAK療法」について、特長やメカニズム、ほかの免疫療法との違いなどを解説します。実際の治療の流れや費用についても説明しますので、がんで新たな治療の選択肢を探している人は、ぜひ参考になさってください。
目次
免疫細胞BAK療法とは?
BAK療法は、自分の免疫細胞を利用してがん細胞に攻撃する治療方法です。まずはBAK療法の基本知識を確認しましょう。
BAK療法の概要
BAK療法は、自分の血液から自然免疫を担当する細胞を採取し、人工的に育てて1000倍の量まで増やしてから、再び体内へ戻す治療です。1cmの大きさのがん組織には、約10億個の細胞があります。BAK療法では、免疫細胞をがん細胞の10倍量の100億個まで増やすことを目指しています。
BAK療法の特徴は、がん細胞に対し自然免疫で攻撃することです。自然免疫とは、体のなかに自分ではない異物(がん細胞)があると、それを即座に見つけて攻撃するシステムをいいます。
BAK療法で用いる免疫細胞
BAK療法で使用する主な免疫細胞は、NK細胞とγδ(ガンマデルタ)T細胞の2つです。それぞれの細胞の特徴をみていきましょう。
NK細胞
NK細胞は、血液中にあるリンパ球のうち、10%〜30%の割合で存在している細胞です。常に体中をパトロールしていて、細菌やウイルスに感染した細胞・がん細胞といった異常な細胞を発見すると、すぐに攻撃する働きを持っています。NK細胞は、異物と認識した細胞に対し、穴を開けたり、プログラム死へ誘導したりして、体から排除するのです。
γδ(ガンマデルタ)T細胞
γδT細胞は、リンパ球に分類されるT細胞の1種で、異物を認識するアンテナ(T細胞受容体)にγ鎖とδ鎖を持っている細胞です。γδT細胞の割合は非常に少なく、T細胞のうち数%以下とされています。ほかの細胞からの指令がなくても、病原体の侵入やがん化によって細胞が受けたストレスを感知して、いち早く異常な細胞に対して攻撃する働きを持っています。
CD56陽性細胞の特徴
NK細胞やγδT細胞は、CD56陽性細胞に分類され、次のような特徴があります。
- がんを直接攻撃する
- βエンドルフィンを産生する
- 神経を保護する作用を持つ
βエンドルフィンとは、鎮静・鎮痛作用を持つホルモンです。BAK療法の溶液には、CD56陽性細胞が産生したβエンドルフィンが含まれているため、痛みが和らぎ気分が安定します。CD56陽性細胞の持つ神経保護作用により、BAK療法は脳転移のある患者さんにも有効で、QOLが上がる治療だと考えられています。
免疫細胞BAK療法の特長
BAK療法には、効果を発揮するメカニズムや技術の特長が3つあります。ひとつずつ確認していきましょう。
BAK療法のメカニズム
従来の免疫細胞治療は、がん細胞が持つHLA-1抗原とがん抗原の2つのがん情報を認識することで、がん細胞を攻撃します。しかし、がん細胞は、免疫細胞からの攻撃を逃れるために、がん情報を7割隠す性質があるため、免疫細胞ががん細胞を認識できず、十分な効果が得られないのが問題点でした。
BAK療法で用いるCD56陽性細胞は、CD158というキラー抑制受容体を持っています。このCD158は、正常細胞が示しているHLA-1抗原を認識するため、CD56陽性細胞が正常細胞を攻撃することはありません。しかしがん細胞は、HLA-1抗原が消失・変性していることで、CD158の認識を受けないため、CD56陽性細胞から攻撃されるのです。
また、CD56陽性細胞は、異常細胞を認識するNK活性受容体(NKG2D)を持っています。NKG2Dとがん細胞が持つMHCクラス1関連抗原が一致すると、CD56陽性細胞はがん細胞を直接攻撃できます。さらに、がん細胞がMHC関連抗原を隠しても、CD56陽性細胞にはFas受容体があり、この受容体を経由して、がん細胞を攻撃し続けることが可能です。
免疫細胞を増殖させる技術
免疫細胞を体の外で増やすためには、培地と呼ばれる栄養源が必要です。これまで、免疫細胞を増殖させるためには、ほかのヒトや動物の血清を使用した培地が欠かせませんでした。しかし、ほかの人や動物の血清を使うと、感染症やアレルギー反応を起こす可能性があったのです。
BAK療法で使用する培地は、ほかのヒトや動物の血清を一切使用しない特殊な培地で、安全性に優れています。また、ほかの培地と比べて免疫細胞を増殖させる能力が非常に高く、2週間ほどの培養期間で、免疫細胞を約100億個まで増やすことが可能です。
特許を取得した技術
BAK療法は、がん細胞を攻撃する「キラー活性を増強したリンパ球」で特許を取得しています。採取した免疫細胞を2週間培養した後に、免疫細胞を刺激するサイトカイン(タンパク質)のインターフェロンαとインターロイキン2を用いて活性化処理します。この処理により、培養した免疫細胞は、がん細胞に対する殺傷能力を高めるのです。
免疫細胞BAK療法と他の免疫療法の違い
がんに対する免疫細胞療法には、BAK療法のほかにもいくつか種類があります。ANK療法・CAR-T細胞療法・樹状細胞ワクチン療法との違いについてみていきましょう。
ANK療法
ANK療法は、患者さんの血液からリンパ球を採取し、NK細胞を特異的に増殖・活性化させてから、再び体内へ戻す治療方法です。戻ったNK細胞は、がん細胞を見つけしだい直接攻撃します。BAK療法と異なる点は以下のとおりです。
- 治療の主となる免疫細胞は、NK細胞のみ
- のべ5リットル~8リットルの血液を体外循環させて、リンパ球を採取する
- 治療の副作用で高熱が出やすい
CAR-T細胞療法
CAR-T細胞療法は、患者さんの血液を採取し、リンパ球の1種であるT細胞を分離・遺伝子改変してから、患者さんに投与する治療方法です。改変したT細胞(CAR-T細胞)は、がん抗原を認識できるようになり、がん細胞を攻撃します。BAK療法と異なる点は、次のとおりです。
- 治療の主となる免疫細胞はT細胞のみ
- 患者さんの免疫細胞に、遺伝子改変をおこなう
- 保険適用で治療できるがん腫は、急性リンパ性白血病・B細胞リンパ腫・濾胞性リンパ腫・多発性骨髄腫
樹状細胞ワクチン療法
樹状細胞ワクチン療法は、患者さんの血液から取り出した単球を樹状細胞に育てて、がんの情報を学習させてから体内に戻す治療方法です。体内に戻った樹状細胞は、T細胞を活性化させることでがん細胞を攻撃します。BAK療法と異なる点は、以下のとおりです。
- 治療の主となる免疫細胞は樹状細胞
- 樹状細胞は、がん細胞を直接攻撃しない
- 患者さんの免疫細胞に、人工的にがん情報を学習させる
免疫細胞BAK療法と標準治療の併用
BAK療法は、患者さん自身の免疫細胞を利用した治療であるため、標準治療の放射線治療や薬物療法と併用可能です。標準治療のスケジュールを考慮し、BAK療法をおこなう適切なタイミングを計ります。
BAK療法と放射線治療
BAK療法の効果を高めるために、放射線治療を組み合わせると効果的です。がん細胞は、BAK療法で用いるNK細胞から逃れるシステムも持っています。がんが持っているMHC抗原(がん抗原)を放出していき、NK細胞ががん細胞を認識する受容体を塞ぐことで、攻撃されるのを回避するのです。
放射線治療をおこなうと、がん細胞の表面にMHC抗原が再び現れるようになります。それにより、NK細胞が再びがん細胞を認識して、攻撃できるようになります。さらに、放射線治療によりがん組織が壊されると、壊れたがん細胞から新しい抗原が多く放出されることで、NK細胞が活発になり、離れた場所にあるがん細胞も攻撃するようになるのです。
BAK療法と放射線治療の併用例
BAK療法と放射線治療を併用した症例を紹介します。卵巣がんにおける多発肝転移、後腹膜転移、右鼠径部の大きなリンパ節に転移のある患者さんで、これまでの抗がん剤治療では効果が得られませんでした。この患者さんに対し、トモセラピーを使用して全肝照射をおこない、BAK療法を追加しておこなうと、強い免疫反応により、肝臓と後腹膜にあったがん細胞が消えて、最終的に完全奏功となったのです。
また、全身に骨転移のある去勢抵抗性前立腺がんの患者さんでは、痛みの強い右股関節だけ、1回の放射線照射をおこない、BAK療法を追加したところ、放射線を照射していない場所の骨転移部分も改善がみられました。
BAK療法とほかの治療を併用するメリット
BAK療法は、ステージにかかわらず、固形がんであれば幅広いがんへ適応があります。さらに、BAK療法のように免疫反応で治ったがんは、再発しにくい特徴があるため、ほかの治療と組み合わせると相乗効果が得られます。
放射線治療との併用では、放射線によりがん抗原を再出現することでNK細胞の攻撃から逃れるのを防いだり、放射線を照射していない部分のがんをNK細胞が攻撃したりするなど、放射線治療とBAK療法のお互いの弱点を補うことが可能です。免疫細胞には、抗体と結合したがん細胞を認識して攻撃する働きがあるため、抗体医薬品とBAK療法を併用すると、がんを縮小する効果が期待できます。
免疫細胞BAK療法の治療の流れ
BAK療法を受ける際には、条件や注意点などがあります。治療対象となる患者・実際の手順・副作用などについて確認しましょう。
BAK療法の対象となる方
BAK療法は、すべての固形がんに対して治療可能です。患者さんの血液中にある免疫細胞を使用するため、白血病や悪性リンパ腫などの血液のがんについては、治療対象外となります。また、HIVウイルス・HTLVウイルスに陽性の場合、培養中にウイルス自体を増殖させてしまうため、BAK療法は受けられません。
BAK療法の実際の手順
BAK療法は、以下の流れで治療がおこなわれます。
- 患者さんから20mLの血液を採取する
- 採取した血液を遠心分離して、リンパ球を抽出する
- 抽出したリンパ球を2週間かけて培養して、約100億個まで増殖させる
- 培養したリンパ球を回収し、キラー活性化処理をおこない、がん細胞への攻撃力を高める
- キラー活性化処理したリンパ球を200mLのリンゲル液に入れ、点滴により患者さんの体内へ戻す
BAK療法の副作用
BAK療法は、患者さん自身のリンパ球を使用しており、培養に使用した薬剤を取り除いてから点滴をおこなうため、副作用がほとんど起こりません。まれに、点滴投与した日に、一過性の発熱(38度台)がみられることがあります。
これは、リンパ球がサイトカインという免疫を刺激する物質を多量に分泌することで生じる現象です。副作用の発熱は、数時間ほどで平熱に戻ります。
BAK療法の治療期間
BAK療法の治療は、採血・培養・点滴の流れを、病状に応じて月に2回〜4回の頻度で、1クール12回おこなうことを推奨しています。期間にすると3ヶ月〜6ヶ月です。1クール治療をおこなった後は、検査結果など状況を考慮し、医師と相談しながら継続する回数を決めていきます。
BAK療法の費用
BAK療法は、保険適用されていない治療であるため、全額自己負担となります。1回あたりの費用相場は以下のとおりです。
管理費用 | 3万円~7万円/回 |
培養費用 | 23万円~30万円/回 |
1クール合計 | 約280万円~400万円 |
まとめ
BAK療法は免疫細胞療法の1つで、自然免疫を担当するNK細胞やγδT細胞を培養して、がん組織の約10倍の量まで増殖させてから、体内に戻してがんを縮小させる治療方法です。治療には、患者さん本人の免疫細胞を利用するため、副作用はほとんどありません。
BAK療法は、公的保険が適用されていないため、治療にかかる費用は全額自己負担となりますが、固形がんであればステージを問わず治療をおこなえます。また、手術・薬物療法・放射線治療との併用も可能です。
放射線治療との併用では、良好な治療成績が得られています。ほかの治療との併用により相乗効果が見込めて、がんの転移や再発を予防することにつながるでしょう。BAK療法は、新たながん治療の選択肢として期待が高まっています。