がん放射線治療はなぜ何回にも分けて行うの? 分割照射とは?
今回は、がんの放射線治療について、一般には意外に知られていないかもしれない放射線治療の基本についてのお話です。
がんには三大治療法「放射線治療」「手術」「抗がん剤治療」があります。
2011年の東日本大震災での福島原発事故以降、放射線と聞くだけで怖いイメージをもって拒否反応を示す方も一定数います。
確かに、すべての科学技術は使い方によっては人類に危害を及ぼします。
しかし放射線が発見されて研究され始めて100年以上が経過します。がんの治療を長らく引っ張ってきた外科手術に並んで放射線が再び見直されてきています。
放射線治療の利点は、手術とは異なり、メスを使って患部を取り除くことなくがん細胞を死滅させると言うところにあります。
メスを使いませんので、臓器の機能や形態を温存することができます。さらに、身体のどの部位であろうと局部集中して治療を行うことが可能です。
前述の通り、放射線と聞いただけで拒否反応を示す患者さんがいらっしゃるのも事実です。
でもそれは逆に見れば、放射線の持つエネルギーの高さを証ししているともいえます。
もちろん私たち医師も放射線の持つ危険性について十分理解し、意識して医療を行っています。
その上で放射線が患者の身体に及ぼす悪影響のリスクを最低限に抑えつつ、その強力なエネルギーをがん細胞を死滅させるためだけにコントロールして有効活用する方法を研究し、開発してきました。
そのようにして放射線をがん治療に有効活用するための重要な手段である「分割照射」について今回お話します。
放射線治療の基本「分割照射」とは?
放射線治療の分割照射とは何でしょうか?
文字通り、放射線の照射を何回かに分けて行う、ということです。
「なぜ、分割するの? 1回で、がん細胞を全部殺せばいいじゃない?」と言われる方もいるかもしれません。
「何回も病院に来てもらうための医者のそろばん勘定では?」などと勘ぐる方もいるかもしれませんね。
でもこの分割して照射するという方法こそ、放射線のリスクを抑えて、エネルギーをコントロールするための重要なプロセスなのです。
- がん細胞に放射線をたっぷり浴びせたい
- 正常な細胞を殺さない
がん細胞に放射線をたっぷり浴びせたい
放射線のエネルギーをコントロールするためには、健康な細胞は殺さずに、腫瘍のがん細胞のみ死滅させることが基本です。
がん細胞を殺す効果を得るには、多量の放射線を照射する必要があります。そのため、使われる線量の合計は通常50 ~70グレイに達します。
この線量は、一般的に考えられている致死量の10倍以上になります。これだけの放射線を一度に浴びれば、人は生きていられません。
そこで放射線を複数回に分けて(分割して)照射し、合計の線量ががんを殺すことができる線量に達するようにします。
安全性と効果の両面から、分割照射を行うのです。
正常な細胞を殺さない
もう一つ分割照射を行う重要な理由、その鍵は正常な細胞とがん細胞の性質の差にあります。それが「回復能」と呼ばれる性質です。
聞き慣れた言葉ではないと思いますので説明します。もちろんこれは放射線学の講義の時間ではありませんので、イメージをつかめる程度にわかりやすく説明します。
例えば、ここに正常細胞とがん細胞が1つずつあるとします。この2つの細胞はどちらも10という強さを持っているとします。
この場合の「強さ」とは、どれくらいのダメージ(例えば放射線)を受けたときに不活性化するか(死ぬか)ということです(実際には細胞の放射線感受性と耐容性と言う複雑な要素で条件算定を行います)。
この2つの細胞に7の強さの放射線を照射します。どちらの細胞も死にはしませんが、かなりのダメージを負います。
大切なのは、ここでいきなり10の強さの放射線を照射しないことです。そんなことをすれば、がん細胞と一緒に正常細胞も死んでしまいます。
さて、7のダメージを負っている(専門用語では亜致死損傷)細胞はどうなるでしょうか?
ここからが人体のすばらしい機能ですが、細胞は自己再生する力を持っています。
もちろんある程度の時間はかかりますが、ダメージを負った部分を自ら修復していくのです。
そして興味深いことに、その回復に要する時間が、がん細胞の方が正常な細胞より長くかかることがわかっているのです。
つまり、7のダメージを負った正常細胞が10の強さまで全回復したタイミングでは、まだがん細胞は7くらいの強さまでしか回復していないのです。そこでもう一度、7の強さの放射線を照射します。
この二度目の放射線照射で、ほぼすべてのがん細胞が死滅してしまうのです。
もちろん、二度目の放射線照射によって正常細胞も再度ダメージを受けますが、再び亜致死損傷から回復するための時間を与えれば、正常細胞は全回復するわけです。
このように放射線の照射を分割して行うと、正常細胞とがん細胞の回復度の差がどんどん大きくなっていきます。
そして最終的には、がん細胞だけを死滅させることができます。
簡単なイメージだけの説明ですが、放射線を2回以上に分割して照射する重要性がわかるかと思います。
患者のQOLを落とさない放射線治療
もう一つ、放射線の分割照射をおこなうたいへん重要な理由があります。それは患者のQOL(生活の質)維持向上です。
QOLは英語のQuality of lifeの頭文字を取った略で、直訳すれば「生活の質」です。
ただ生きているというだけでなく、精神面を含めて、人間らしい生活を送り、人生に幸福を見出しているか、ということを尺度としてとらえる概念です。
QOLの維持向上のためには、患者さんの苦痛を減らすことが大切です。その痛みは身体的な痛みだけでなく、精神的なストレスも含まれます。
がんの治療は、他の病気に比べ治療が長期間に渡ることが多いため、精神的なストレスを減らすことが特に重要視されています。
放射線治療の基本は分割照射であるため、放射線治療は、入院ではなく、通院で治療を継続することが可能です。
通院で治療を行えば、 患者の生活の場を変えることなく仕事、趣味、家族との生活、人間関係を継続しながら治療をおこなうことができるという利点があります。
そのため、一般的に入院治療より、通院治療の方が精神的なストレスを減らすことができ、高いQOLを維持できると考えられています。
もちろん、通院治療での放射線治療によってQOLを維持向上するには、患者や患者の家族の通院にかかる時間や費用、使用可能な交通手段の種類、その他の個人的な事情などが関わってきます。
すべての患者のケースで通院治療が高いQOLに寄与するとは言えませんが、少なくとも、入院での治療に加えて、通院治療という選択肢が増えるのは、すべての患者にとって嬉しいことではないでしょうか。
まとめ
今回のお話は少し放射線腫瘍学の講義のようになってしまいました。
しかし、「放射線治療は危険だから一切受けたくない」というような、偏ったイメージを持たれている方が、高度放射線治療は使い方によっては外科手術と同等か、それ以上のポテンシャルを持つがんの治療法で、安全性も十分考慮されているということを知っていただければうれしいです。
私は、放射線治療の安全性をもっともっと多くの人に知ってほしいと思って、医学界で力を尽くしています。
がん細胞特有の性質を巧みに利用した分割放射による高度放射線治療は、がん治療中の患者さんの毎日の暮らしのQOL向上を図りながら、同時にがんを完治することができる、すばらしい可能性を持つ治療法なのです。