セラノスティクスとは?注目されているがん治療を解説
最近「セラノスティクス」というがん治療が、世界中から注目されています。セラノスティクスとは、診断と治療を組み合わせた新しい医療技術で、これまでの治療方法と比べて、さまざまなメリットがあると期待されているのです。
今回はセラノスティクスについて、基本知識や医療現場でおこなわれている治療などを解説します。
目次
セラノスティクスとは
セラノスティクス(Theranostics)は、治療(Therapy)と診断(Diagnostics)を融合させた医療技術のことです。基本的な情報と、一般的な放射線治療との違いについてみていきましょう。
セラノスティクスの概要
セラノスティクスは、放射性医薬品を体内投与し、がんの発見から治療、そして治療効果の測定まで可能なアプローチです。ラジオセラノスティクスとも呼ばれます。セラノスティクスでは、「診断用」と「治療用」2種類の放射性医薬品を使用します。放射性医薬品とは、微量の放射線を放出する物質が含まれた薬剤のことです。
はじめに、特定の臓器や組織の取り込まれる性質をもつ診断用の放射性医薬品を投与して、特殊な機械で体内分布を調べます。これにより、がんの場所や状態を確認します。
つぎに、治療用の放射性医薬品を投与してがん細胞に届け、体内から至近距離で放射線をあてて攻撃します。最後に、再び診断用の放射性医薬品に変えて検査すると、がんの大きさの変化などから治療効果を確認できるのです。
セラノスティクスでは、体のなかで放射性物質を運ぶベースに、感度や特異性の高い抗体などを使用し、個別化医療を目指しています。治療用の放射線については、より殺傷能力の高い核種の研究開発も進んでいるのです。
セラノスティクスと放射線治療の違い
放射線を用いた治療において、セラノスティクスと一般的な放射線治療との違いを確認しましょう。セラノスティクスは、放射性医薬品を体のなかに投与してがんを減らしていく、内用療法(内部照射)です。セラノスティクスでは、がん組織に効率よく放射線を集められ、放射線の飛程の短い核種が使われていることが多いため、健康な組織への影響ができる限り抑えられています。
一方、リニアックやトモセラピー、サイバーナイフなどの放射線治療は、体の外側からがんを目がけて放射線を当てる外部照射です。外部照射の技術は向上していますが、がん組織の手前にある健康な組織への放射線の照射は避けられません。また、重要な臓器が近くにあったり、深い位置にあったりするがんでは、外部照射は難しくなります。
セラノスティクスの基本となる核医学とは
セラノスティクスは、核医学という放射性医学のうちの1つに分類されます。核医学がどのようなものか詳しくみていきましょう。
核医学の概要
核医学とは、放射性同位元素(ラジオアイソトープ)を用いた医療のことです。放射性医薬品を用いて、検査や治療をおこないます。
核医学検査は、体内検査と体外検査に分けられます。体内検査では、放射性医薬品を体内に入れ、放射性医薬品から発せられた放射線を、体の外から検査機器で撮影することで、さまざまな病気の診断が可能です。
体外検査では、放射性医薬品を用いて、患者さんから採取した血液や尿に含まれる微量の物質を測定します。核医学治療では、体のなかに入れた放射性医薬品を特定の臓器や病巣に集めて、薬から発せられる放射線によって、病変した細胞を死滅させるのです。
放射線の種類と特徴
核医学で用いる放射線は、α(アルファ)線・β(ベータ)線・γ(ガンマ)線の3種類があります。それぞれの特徴は以下のとおりです。
α線 | 2個の陽子と2個の中性子からなる粒子線。 飛程(エネルギーを失って停止するまでの距離)は空気中で数cmほど。 紙1枚で遮ることができる。 |
β線 | 原子核から放出される電子。 質量はα線の1/7000 飛程は、空気中で数mほど。 アルミニウムの板1枚で遮ることができる。 |
γ線 | 原子核が不安定な状態から、安定した状態に戻ろうとするときに発する電磁波。 飛程は、空気中で数十m~数百m。 鉛や鉄の厚い板で遮ることができる。 |
放射性医薬品とは
放射性医薬品とは、薬の構造のなかに放射性同位元素(ラジオアイソトープ)が含まれたものです。放射性医薬品には、病気の診断に用いるものと、治療に用いるものがあります。
診断用の放射性医薬品は、体内に直接投与するものと、体外で血液や尿を調べるのに使用するものがあります。治療用の放射性医薬品は、体内に直接投与することで、放射性同位元素から発する放射線により治療がおこなわれるのです。
核医学検査でわかること
放射性医薬品を体内に投与しておこなう核医学検査では、全身のさまざまな臓器について調べることができます。何を調べたいかによって、検査に用いる放射性医薬品の種類を選びます。
レントゲン検査・CT検査・超音波検査では、臓器の形状がわかるのに対し、核医学検査は、血流や代謝など臓器の機能について把握できるのが一番の特徴です。血流や代謝の異常は、臓器の形の異常よりも先に現れるため、小さな病変の発見につながります。
核医学検査の種類
核医学検査には、SPECT検査とPET検査の2種類があります。それぞれの特徴について確認しましょう。
SPECT検査
SPECT検査は、1方向に放射線を出す放射性医薬品を体のなかに投与し、発せられる放射線を撮影することで、薬がどのように広がったり集まったりするかを調べる検査です。検査の装置には、2台~3台の検出カメラが搭載されており、検出カメラを回転させると、体の断面画像が得られます。
SPECT検査は調べたい臓器や病気により、使用する放射性医薬品の種類が異なります。SPECT検査の代表的なものには、がんの骨転移を調べる骨シンチグラフィーや、脳の病気を調べる脳血流シンチグラフィーがあります。
PET-CT検査
PET-CT検査は、2方向の放射線を180度に同時に放つ放射性医薬品を体のなかに投与し、発せられる放射線を撮影し、薬の広がりや集まり方から、さまざまな代謝や機能を調べる検査です。放射線の検出器は、リング状に複数配置されているため、詳しい検査画像が得られます。
PET-CT検査は、CT装置も搭載されており、病変している場所がより正確にわかります。PET-CT検査で使用する薬剤は、放射性フッ素にブドウ糖をつけた「18F-FDG」です。
保険適用されているセラノスティクス
セラノスティクスという言葉は、最近になり登場したものです。しかし核医学では、診断と治療を組み合わせる概念が以前から存在しています。すでに保険適用されているセラノスティクスについて解説します。
分化型甲状腺がん
セラノスティクスの先駆けとなる治療が、分化型甲状腺がんに用いる放射性ヨウ素です。診断をおこなうための甲状腺シンチグラフィーでは、ヨードカプセル-123(123I)を使用し、甲状腺のヨウ素を取り込む量や病変部への集まり具合を調べます。
シンチグラフィーの後、がんと診断され治療をおこなう場合は、131I-ヨウ化ナトリウムカプセルを内服します。131Iは病変部で放射線を放ち、がん組織を破壊するのです。
131Iの放射線は、がんを破壊するβ線だけではなく、体を通り抜けるγ線も放出するため、治療中は一定期間の入院が必要となります。退院するときは、131Iを用いたシンチグラフィーをおこない、体の外へ放出される放射線量を測定するのと同時に、131Iがどのくらい病巣へ集まっているか治療効果を確認するのです。
悪性リンパ腫
CD20陽性の再発または難治性の低悪性度悪性リンパ腫に対して、ゼヴァリン(製品名)が保険適用されています。ゼヴァリンは、抗CD20抗体が放射性物質を運ぶベースとなり、診断用の放射性物質にはインジウム(111In)、治療用にはイットリウム(90Y)を使用する放射性医薬品です。
ゼヴァリンによる治療が適しているかどうか判定するために、初めに診断用のゼヴァリンインジウムを投与し、全身のシンチグラフィーをおこないます。インジウムが集まる場所などを確認し、適していると判断された場合は、治療用のゼヴァリンイットリウムを投与するのです。ただし、2024年7月現在、ゼヴァリンは薬事手続きなどの影響により長期供給停止となっています。
褐色細胞腫
褐色細胞腫は副腎髄質に発生し、カテコールアミンを過剰に分泌する腫瘍です。副腎の外の傍神経節に発生するパラガングリオーマとともにPPGLと総称されています。
PPGLでは、放射性物質を運ぶベースに、3-ヨードベンジルグアニジン(MIBG)を使用します。MIGBは、ノルアドレナリンに似た構造を持っているため、副腎髄質や交感神経に取り込まれる性質があるのです。
初めにPPGLであるかどうかを診断するために、診断用の123Iを付加したMIBGを投与して、シンチグラフィーをおこないます。治療薬は、131Iを付加したMIBGの「ライアットMIBG-I131静注」を使用します。131Iは、周囲への被ばくがあるため、治療中は線量が基準値を下回るまで入院が必要です。
神経内分泌腫瘍
神経内分泌腫瘍のうちNETという組織型では、がん細胞の表面にソマトスタチン受容体が多く出現していて、この受容体をターゲットにした治療薬のルタテラ(製品名)が保険適用されています。初めにルタテラの治療が適しているかどうかを確認するために、オクトレオスキャン検査がおこなわれます。この検査で使用するのは、ソマトスタチン受容体に結合する物質のオクトレオチド類似体に、放射性物質のインジウム(111In)を付加した診断用の放射性医薬品です。
オクトレオスキャン検査の結果で、治療に適合していると判定されると、ルタテラで治療を始めます。ルタテラは、ソマトスタチン受容体に結合するオキソドトレオチドに、治療用の放射性物質のルテシウム(177Lu)を付加したものです。β線とγ線を放出して、がん組織を破壊します。ルテシウムによる周囲の被ばくを防ぐために、治療中は数日間の入院が必要です。
今注目されている前立腺がんのセラノスティクスとは
がん治療におけるセラノスティクスは、2020年頃からますます発展しています。特に、前立腺がんにおけるセラノスティクス「PSMA治療」は、世界中で注目を集めています。次から、PSMA治療について詳しくみていきましょう。
前立腺がんとPSMA
前立腺がんでは通常、腫瘍マーカーであるPSA値を確認しています。PSAとは前立腺の細胞から血液や精液に流れ出る物質ですが、この値が上昇しただけでは、がんのある場所や悪性度はわかりません。
一方、PSMAは前立腺の細胞膜の上に現れる「前立腺特異的膜抗原」で、前立腺がんを発症すると、通常の数十倍~数百倍まで増えます。さらに、がんの悪性度が高いときは、通常より数千倍まで増えるのです。PSMAの特徴を活用すると、がんの転移や再発が早い段階でわかるようになります。
PSMA-PET検査
PSMA-PET検査は、前立腺細胞の抗原PSMAに結合する物質に、放射性物質を付加した薬を用いた検査です。放射性物質には、γ線を放出するフッ素(18F)やガリウム(68Ga)を使用します。前立腺がんになると細胞の表面にPSMAが多量に現れるため、がん細胞が多い場所や悪性度の高い場所がひと目でわかるのです。
一般的なPET-CT検査では、がん以外の炎症部分にも反応してしまいますが、PSMA-PET検査はがんのみに反応するのが特長です。数ミリ程度の小さながんでも発見しやすいとされています。
前立腺がんのPSMA治療
PSMA-PET検査では、PSMAに結合する抗体に、γ線を出す放射性物質を付加したものを投与しています。前立腺がんのPSMA治療薬は、抗体はPSMA-PET検査と同じものを使用し、放射性物質をβ線を放出するルテシウム(177Lu)や、α線を放出するアクチニウム(225Ac)に変えて投与するのです。
治療に使用するβ線とα線を比べると、α線の方が威力が高く、β線の約400倍の力といわれています。PSMA治療では、放射線物質をβ線からα線に変えるだけで、治療効果が上がることが分かってきています。
PSMA治療の成績
PSMA治療の有効性を調査したものに、VISION試験があります。VISION試験は、PSMA陽性で転移を伴う去勢抵抗性前立腺がんの患者さんで、過去にアンドロゲン受容体阻害薬とタキサン系化学療法の治療を受けたことがある人を対象におこなわれました。
177Lu-PSMA-617と標準治療を併用した方が、標準治療のみよりも、無増悪生存期間(PFS)と全生存期間(OS)が延びることが分かったのです。治療効果がみられた割合も、177Lu-PSMA-617と標準治療を併用した場合は30%、標準治療のみの場合は2%と、PSMA治療を取り入れた方が良い結果となっています。
前立腺がんのセラノスティクス「PSMA治療」を受けるには
前立腺がんのPSMA治療は、日本では承認されていません。そのため、希望する人は海外に渡航する必要があります。しかし2024年に入り、国内でもPSMA治療の治験が始まりました。治験へ参加するにはさまざまな条件があるため、まず主治医に相談しましょう。
また、PSMA-PET検査については、国内でも自由診療で受けられる施設が登場してきています。検査費用は全額自己負担となり、25万円程度になります。
まとめ
セラノスティクスは、2種類の放射性医薬品を使用し、診断から治療、そして治療効果の測定までの3段階を融合した新しいがんの治療方法です。がん組織へ放射性医薬品を運ぶ化合物に、分子標的薬のような働きを持たせることで、副作用を抑えつつ高い治療効果が期待できます。
最近では、前立腺がんにおけるセラノスティクス「PSMA治療」が注目されており、これまでの治療法と比べて良好な結果が得られています。日本でもPSMA治療の治験が始まっており、1日も早く保険適用される日が期待されています。