がん治療「温熱療法」の歴史~ハイパーサーミアとオンコサーミア

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がん治療「温熱療法」の歴史~ハイパーサーミアとオンコサーミア

がん治療法として「がん免疫療法」と同様に、近年注目を浴びているのが「温熱療法」というがん組織を加温してがん細胞を死滅させる治療法です。

がん細胞は正常細胞に比べ熱に弱いという性質を持っています。
温熱療法はそのメカニズムを利用して、がんに加温することで治癒を目指す治療法です。

温熱療法は、実は古い歴史を持っています。
古代ギリシャのヒポクラテスの時代、すでに温熱療法があったとされていますから、少なくとも、紀元前5世紀頃には人類は温熱療法を利用していたと思われます。

医学の父とも呼ばれたヒポクラテスは、熱を作ることができれば、腫瘍を含めてあらゆる病気を治すことができると言っていたようです。
古代インドの大長編叙事詩である『ラーマーヤナ』にも、「皮膚にできた腫瘍を熱した鉄で焼く」という記述があるそうです。

他にも、熱湯で熱した金属や、熱湯を入れた袋を患部に当てるという方法も古代から用いられてきました。
がん治療として、外科治療に次いで、あるいは実は最古のがん治療法と言えるのかもしれませんね。

がん治療における温熱療法の歴史は?

近代のがん温熱療法のとんでも実験

近代に入り、1866年にドイツの医師ブッシュが、次のような報告をしました。

「顔に肉腫(がんの一種)ができていた患者が、丹毒(連鎖球菌による皮膚感染症)にかかり2回高熱を出したところ、その肉腫が消えてしまった」

ブッシュは正常な体温以上の温度になると、がん細胞を選択的に殺すことができるのではないかと考えました。
がん患者が生死の境をさまようほどの高熱を出したあと、がんが治る例が他にもあったからです。

発熱でがん細胞が死滅する?

続いて1900年頃のアメリカの外科医ウィリアム・コーリーも、発熱によるがんの治療を考えました。
がん患者を溶血連鎖球菌に強制的に感染させ発熱させるという、現在では考えられない大変乱暴な治療を行ったところ、高熱でがんが治ったという報告をしています。

コーリーの実験では、末期がんの患者さん38人でがんが消失したり、軽快したとのことです。
しかし、感染症のために命を落とした患者もいたため、この治療は中止されました。

そして現代に入り、1974年、アメリカのジョンズホプキンス大学医学研究所がある報告をしました。

「感染症の発熱は、がんの自然治癒の一因になる」

がんの自然治癒については、当時740くらい報告例がありました。
実はがんの自然治癒(自然退縮)は、そう多くはありません。
これまでの研究によると、患者さん6~10 万人に1人程度の確率といわれています。

その少ない自然治癒の症例を起こした原因の一つとして、感染症などの発熱が挙げられたのです。
しかし、偶然の高熱によるのではなく、実際にがんに対して効果的な加温治療を行うことができるまでには、現代の科学技術の発達を待つ必要がありました。
1975年にはアメリカ・ワシントンで初めて、温熱と放射線によるがん治療の国際シンポジウムが開かれ、ここから本格的な研究が始まりました。

ハイパーサーミアの誕生

1980年代にがん細胞の研究が進むにつれ、正常細胞は44度まで体温の上昇に耐えられるのに対し、がん細胞は42.5度付近で膨張してネクローシス(壊死)を起こすことが分かってきました。

つまり、がん細胞周辺を42.5~44度に加温することができれば、正常な細胞に影響を与えないまま、がん細胞だけを死なせることが理論上可能になるのです。

その研究に基づいて、1984年、がんの温熱治療器が開発されました。それが『ハイパーサーミア』です。

ハイパーサーミアは、がん細胞を42 ~43度に加温することを狙います。
加温したい場所(がんのある場所)を、身体の上下から2枚の電極板ではさみ、8メガヘルツの電磁波(ラジオ波)を流します。

この8メガヘルツの電磁波でがん細胞の中の水分子を急速に動かし、その摩擦運動によって自己的に発熱が起こる仕組みです。
その高周波の電磁波を発生させるためには、1500ワットの高出力が必要になります。

正常な細胞は熱を加えられたり、動いたりすると血管が開いて血液がたくさん流れることによって、余分な熱を放出しようとします。
誰でも、激しい運動をすると、心臓の鼓動が早くなり、血行が良くなった経験がありますよね?
そのように私たちの体は血管内の血液を通して体の中の熱を逃がそうとしているのです。とても巧みに造られたラジエーターです。

血管と温熱治療の関係は?

しかし、正常な血管とは異なり、がん細胞などの中を通る血管は熱によって拡張しません。
そのため、同じように加温しても、がん細胞は正常細胞に比べて1度から2度ほど高くなります。
その結果、どんどん熱がこもって高温になり、この熱ががん細胞を破壊します。

このようにして、ハイパーサーミアは正常な細胞を破壊することなく、がん細胞だけを選択的に破壊させることができます。

上記だけを読むと、ハイパーサーミアこそがん温熱療法の決定的な一打のように聞こえませんか?

実は、そうはうまくことが運んでいないのが、がん治療の難しいところです。
ハイパーサーミアも、がん治療にそれなりの貢献はしたと思いますが、大きな欠点が2つあります。

ハイパーサーミアの欠点とは?

第1の欠点:「腫瘍選択性」に欠ける

ハイパーサーミアの第1の欠点は「腫瘍選択性」に欠けることです。

正常細胞とがん細胞を識別する。この「がん細胞を識別する作用」が腫瘍選択性です。

先ほど、正常な血管とは異なり、がん細胞の中を通る血管は熱によって拡張しないため、ハイパーサーミアで加温したときに、がん細胞だけに熱がこもって高温になる、と説明しました。

ところが、ハイパーサーミアは厳密にがん細胞だけを加熱しているわけではありません。
同時に、周囲の正常組織も加熱しています。
ハイパーサーミアにはがんを識別する作用が欠けているため、こうしたことが起こります。

さて、周囲の正常細胞も加温されると、どうなるでしょうか?

体温が上昇すると・・・

実は人間の体には、一定の条件や環境を保とうとする生まれつきの仕組みがあります。
これを、「ホメオスタシス」とか「恒常性」と呼びます。

正常な細胞が加温されると、この仕組みが働きます。
加温された正常細胞への血流が増え、熱を逃がそうとします。
温度が上がれば上がるほど血流量が増え、その結果、せっかく加温した局所の熱が血流で押し流され、熱が下がってしまうという現象が生じるのです。

すると何が起こるでしょうか?
がん細胞と周囲の正常細胞の温度差が失われます。
結果、当初狙っていたがん細胞への加温効果が損なわれることになります。

そればかりか、実はがんの周辺組織の温度が高まると、がん細胞の分散や転移のリスクが高くなるのです。
がんの周辺組織の温度が高まれば、血流の活性化でがん細胞へ栄養が供給されます。
増えたがん細胞が、活性化した血流に乗って移動するリスクも生じます。

がんを区別する作用が欠けていれば、がん細胞が死ぬ42~43度に温度を上げても、がん細胞への大きな効果が得られません。
それどころか、身体の健康な他の組織にがんを転移させてしまうことにもつながるのです。

第2の欠点:「狙う温度と冷却」

ハイパーサーミアの第2の欠点、それは「狙う温度と冷却」というイタチごっこです。

身体の奥深くを42~43度に加温して、それを継続するために、ハイパーサーミアは1500ワットという高出力を使う必要があることは先ほど説明しました。
当然のことですが、それほど高出力になると、患者さんの身体に接する電極板の表面温度が上がってしまい、患者さんに熱傷のリスクが生じます。

熱傷を避けるために、ハイパーサーミアの電極板の表面には水を循環させて冷却させるボーラスという冷却装置があります。
しかし、その冷却装置を使うと、今度は狙う42~43度という加温が難しくなります。

42~43 ℃の目標温度を獲得するためには、高出力が必要になる。
対して、高出力になると冷却が必要になり、今度は42~43度に加温し続けるのが難しくなる。

これが、ハイパーサーミアが陥るイタチごっこです。

心臓病の疑いのある人にハイパーサーミアは適しません

がん治療の効果を求めるなら、熱傷のリスクを冒しても、高出力が優先されます。
その結果、ハイパーサーミア治療では、熱傷をする患者さんも少なくない現実がありました。

また、乳がんの治療で左の胸をハイパーサーミアで温めると、心臓に影響し、脈が速くなることがあるので、心臓病の疑いのある人や全身の衰弱がひどい人もハイパーサーミアは適しません。

全く新しい温熱療法オンコサーミア

上記で述べたハイパーサーミアの欠点は、冷却装置の性能向上や、綿密な治療計画(ハイパーサーミアを使用する時間間隔を空けるなど)だけで解決できる問題ではありませんでした。

そこで全く異なるアプローチで開発されたがんの温熱療法が『オンコサーミア』です。

オンコサーミアはがん細胞「だけ」に熱を送り込むことで、身体が持つ本来の免疫機能を活性化させて、がん細胞のアポトーシス(自殺)のメカニズムを促進させる温熱治療法です。

ハイパーサーミアのように、がん細胞の死滅(ネクローシス)を目指すのではなく、がん細胞を自死(アポトーシス)に導く。ここが、ハイパーサーミアとオンコサーミアの最大の違いです。
同じ温熱療法ですが、オンコサーミアの最大出力は、ハイパーサーミアのわずか10分の1、150ワットですので熱傷のリスクはぐっと低くなります。

温熱療法はがん治療を変える?

まとめ

古くはヒポクラテスの時代から現代まで、がんの温熱療法はその形を変えながら発展し続けてきました。

特に20世紀後半から現在に至る進化のスピードはすさまじいものがあります。
熱に弱いがん細胞にネクローシス(壊死作用)をもたらすことを目指したハイパーサーミア、そしてがん細胞に熱を送り込んで、身体の免疫機能を活性化させ、がん細胞のアポトーシス(自殺)を促す最新のオンコサーミアによって、温熱療法は新しいステージを迎えています。

温熱療法は、化学療法、放射線療法、さらにがん免疫療法とも相性がよいのが特徴です。

さらに、温熱療法を併用することによって、化学療法や放射線治療、がん免疫療法の治療効果を高めることもできますし、抗がん剤の使用量を減らして副作用の少ない治療を行うことも可能です。

これからますます、温熱療法の機器の進化、そして活用法の発展が期待されています。

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