がん治療における温熱療法の効果について
「温熱療法にはどんな効果があるの?」
「温熱療法は保険適用される?費用はどれくらい?」
がん治療というと、手術や放射線治療、がん薬物治療を思い浮かべる方が多いでしょう。これらは、がんの3大治療法と言われています。
これまで、がんの温熱療法は、3大治療法の補助的役割と考えられていましたが、実は、温熱療法もがん治療において効果が確認されている治療法の1つです。現在のところ、保険適用される回数に制限はありますが、治療自体は何回でも受けられます。
ここでは、がん治療における温熱療法について、エビデンス(科学的根拠)、効果と副作用、費用などについて解説します。
目次
温熱療法(ハイパーサーミア)とは?
温熱療法とは、正常な細胞と比べて、がん細胞が熱に弱いという性質を利用した治療法です。温めるのなら、お風呂につかったり、サウナに入ったりすればいいのかと思うかもしれませんが、それではがんの温熱療法にはなりません。
温熱療法では、がんが死滅する42.5度以上の最適な温度に保ったり、がんの局所をしっかり加温したりするための設備が必要です。設備を備えた医療機関だけでなく、専門的な知識や経験を持った医師も少ないため、温熱療法に対する認知度は高くないのが現状です。
まずは、温熱療法の効果発現メカニズムと、エビデンスについて解説します。
温熱療法の効果発現メカニズム
温熱療法には、2つの効果発現メカニズムがあります。
- 加温した局所のがん細胞を死滅させる
- 離れた場所にある転移したがん細胞を、免疫によって攻撃して縮小させる
正常な細胞は、加温すると血管を拡張させて熱を逃がし、細胞内が高温になるのを防ぎます。一方、がん細胞周辺の血管は、新生したものであるため十分に拡張せず、熱を逃がしにくい性質があります。
がん細胞を42.5度以上に加温すると、がんの組織内に熱がこもり温度が上昇して、がん細胞が死滅します。これが1つ目の効果発現メカニズムです。
また、人の体の細胞は熱によるストレスを受けると「ヒートショックプロテイン」を生成します。ヒートショックプロテインには、障害された細胞を修復しようとする働きや免疫増強作用などがあり、温熱療法によってがん細胞でもヒートショックプロテインが生成されます。
温熱療法によってがん細胞が死滅すると、細胞の中からヒートショックプロテインが放出され体中に広がっていきます。それによって、局所だけではなく全身の免疫反応が活性化される「アブスコパル効果」も期待できるのです。
加温した局所から離れた場所にある転移したがん細胞に対しても免疫が活性化され、腫瘍縮小効果が得られる場合があります。このアブスコパル効果が2つ目の効果発現メカニズムです。
このように温熱療法には、加温した局所だけでなく、全身にも効果を発揮するメカニズムが備わっていると考えられています。
温熱療法のエビデンス(科学的根拠)
温熱療法の歴史は古く、古代ギリシャ時代の医師ヒポクラテスにより、がん細胞が熱によって死滅したと報告されています。1960年代以降、がんの局所を加温する技術が発展し、温熱療法が確立されてきました。
がんにおける温熱療法では、放射線治療との併用で放射線治療単独よりも明らかに高い局所効果を発揮した報告が多数あります。また、薬物治療との併用でも有意に生存期間を延長したことを示す報告も多数存在します。
実際に、温熱療法の効果を示した多くの報告が認められ、放射線治療やがん薬物療法との併用の場合だけでなく、温熱療法単独の場合でも保険適用されるようになりました。はじめて保険適用されるようになってから、実に30年以上が経過しており、その間に多くの症例が蓄積されてきました。
現在でも、温熱療法のエビデンスの確立を目指して、いくつかの研究が進められています。ESHO(欧州ハイパーサーミア学会)主導で行われた「ハイリスク悪性軟部腫瘍に対するネオアジュバント化学療法における温熱療法併用に関する無作為臨床試験(EORTC 62961-ESHO 95)」の長期成績が発表され、局所無増悪生存期間と全生存率どちらにおいても温熱療法併用群が有意に良好な成績であることが報告されました。
エビデンスレベルの高い研究が、温熱慮法でも報告されています。
日本ハイパーサーミア学会:「固形腫瘍に対する温熱療法に関するエビデンスの創出」
温熱療法の対象となるがん
温熱療法では、眼球、血液のがんを除くほとんどすべてのがんが対象となります。再発や転移によるがんも対象です。
- 頭頚部がん
- 食道がん
- 胃がん
- 肺がん
- 乳がん
- 悪性黒色腫
- 膵臓がん
- 胆管がん
- 肝臓がん
- 腎臓がん
- 前立腺がん
- 膀胱がん
- 結腸がん
- 直腸がん
- 肛門管がん
- 子宮がん
- 卵巣がん
- 骨転移
- 軟部肉腫
温熱療法にはどんな種類がある?
温熱療法の加温方法には、全身加温法と局所加温法があり、よく使われているのは局所加温法です。
全身加温法
温熱療法の全身加温法は、血液を体外循環させて行います。体内の血液を体外に取り出して、45℃程度に加温し、再び体内に戻します。これを、時間をかけて少しずつ行い、全身を加温することで、局所だけでなく全身に転移したがんに効果が期待できます。
局所加温法
温熱療法の局所加温法は、ラジオ波やマイクロ波などの電磁波を用いて局所を加温する方法です。
ラジオ波を使った温熱療法では、2枚の電極板で体を挟み、電流を流して加温します。ラジオ波は波長が長いため、体の奥深くへの加温に適しています。温度の調節がしやすいのも特長です。
マイクロ波を使った温熱療法では、生体内でのマイクロ波のエネルギーが熱に変わる事によって加温します。マイクロ波は、波長が短いため深部までの加熱は難しいですが、体の表面付近にできたがんなどの加温に適していると言われています。
温熱療法全般に当てはまることとして、体を加温するとヒートショックプロテインが産生され、がん細胞を熱から守ろうとします。この状態は72時間程度継続するため、終了後すぐに温熱療法をおこなっても同様の効果は期待できません。このことから、温熱療法をおこなう間隔は、1週間に1~2回程度が目安となるでしょう。
温熱療法にはどんな効果がある?
温熱療法の効果としては、主に以下の2点があげられます。
- がん細胞を加温し死滅させる
- ヒートショックプロテインによる免疫の活性化
こちらに関しては、温熱療法の効果発現メカニズムで解説しています。
これ以外に、がんの3大治療法に温熱療法を併用することで、次のような効果が高まることが期待されます。
- 放射線治療との併用で、放射線の感受性があがる
- がん薬物治療との併用で、薬ががん細胞に届きやすくなり、副作用軽減につながる
- がん薬物療法との併用で、薬が肝臓で代謝されやすくなり、肝臓の保護につながる
- 手術後の再発抑制につながる
- 免疫療法との併用で、免疫活性化の増強につながる
温熱療法との併用効果がわかっている抗がん剤としては、シスプラチン(CDDP)、5-FU、アドリアマイシン、ブレオマイシンなどがあります。がん薬物療法は、副作用が強く出てしまい、最後まで治療を完遂できなくなる方も少なくありません。温熱療法が副作用の軽減にも寄与するならば、がん薬物療法を完遂できる可能性もあがり、さらなる増強効果が期待できます。
このように、温熱療法自体の2つの効果を主力として、3大治療法と併用することでさらに効果を発揮できるということもわかっており、温熱療法はがん治療の補助的役割以上の存在になりつつあります。併用する場合は、できるだけ早い段階から温熱療法の併用を行うと、より良い効果が得られることもわかっています。
様々な治療をおこなって、最後の砦として温熱療法を選択する方もいますが、正しい知識を持って早めに検討した方が良いといえるでしょう。
温熱療法には副作用がある?
温熱療法は、非侵襲的な治療法であり、副作用も比較的穏やかです。ただし、4つの注意すべき副作用があるので解説します。
- 熱感・熱傷
- 痛み
- 発汗・脱水
- 脂肪硬結
加温部分を熱く感じたり、まれに熱傷を起こしたりする場合があります。温度調節をしっかりおこない、皮膚の状況を確認することで、熱傷を予防します。また、熱傷になる前段階で、チクチク・ピリピリするような痛みを感じることもあり、注意が必要です。
加温中は熱くなって汗をたくさんかきます。脱水にならないように水分補給を欠かさないようにしましょう。
脂肪硬結は皮下脂肪の下にしこりができる症状で、皮下脂肪の多い方に発生しやすく、一般的には1~2週間で消失します。
温熱療法の費用はどれくらい?
温熱療法には、保険が適用されます。
ただし、現在保険適用となる温熱療法は、ラジオ波あるいはマイクロ波をつかった局所加温法のみです。全身加温法は全額自己負担ですので注意しましょう。
一般的に、1クールの間に8回の温熱療法を行い、1クール単位で保険点数が定められています。1クールごとの保険点数は、深部加温では9,000点、浅部加温では6,000点です(10円/点)。
1割負担(自己負担額)) | 3割負担(自己負担額) | |
---|---|---|
深部加温(9,000点) | 9,000円 | 27,000円 |
浅部加温(6,000点) | 6,000円 | 18,000円 |
保険適用される回数は、基本的には2クール目までです。治療効果があった場合、3クール目まで保険が適用される可能性がありますが、治療効果の判断は難しく必ず保険適用されるかどうかはわかりません。
保険に関しては、保険者の判断に委ねられる部分もあるため、保険請求しても認められず、のちに自己負担となる場合もあります。自己負担となった場合の費用については、医療機関ごとに定めているので、あらかじめ確認しておきましょう。
また、保険適用終了後にも温熱療法を希望する場合は、医療機関に問い合わせしてみましょう。
治療にあたって気を付けた方がいいこととは?
温熱療法を受ける前に、気を付けた方がいいことがあります。
まずは、温熱療法の対象外となる方がいます。温熱療法の禁忌の内容を確認してみましょう。さらに、温熱療法を受けるときの注意点についても、事前に対策をしておきましょう。
温熱療法の禁忌
下記の条件に当てはまる方は、温熱療法を受けることができません。
- 全身状態が悪い方
- 意思の疎通が困難な方
- 加温部分の熱感や痛みなどを感じにくいような感覚低下のある方
- 心臓、腎臓の機能が低下している方
- 1時間程度の加温中、同じ体位を保持できない方(乳幼児など)
- 妊娠中またはその可能性のある方
- 体内にペースメーカー、除細動器、補聴器などの電子機器が入っている方
- 加温部分にステントなどの金属が入っている方
- 加温部分に金属粉の入った刺青のある方
- 加温部分にシリコンが入っている方(豊胸手術によってシリコンを使用している方も)
これらにあてはまる方は、事前に医師に相談してください。また、がんの種類によっても、温熱療法を受けられない場合もあるので、注意しましょう。
温熱療法の注意事項
温熱療法には、次のような注意事項があります。
- 加温によって発汗するため、治療前後に十分水分摂取して脱水を予防する
- 加温部分が上半身の場合、治療前の食事摂取を控える
- 治療後に食事を摂取する場合、圧迫感を感じることもあるため食べ過ぎに注意する
- アクセサリーや時計などの金属製のものは、治療前に取り外す
- 加温中は、点滴台やベッドの金属部分に触れないようにする
- 加温部分に金属粉の入った化粧品を使用している場合は、化粧を落としておく
注意事項を理解したうえで、温熱療法を受けるようにしましょう。
まとめ
がん治療における温熱療法について、エビデンス(科学的根拠)、効果と副作用、費用などについて解説してきました。
温熱療法は、熱に弱いがん細胞を死滅させ、さらに加温によって発生したヒートショックプロテインが免疫を活性化するという2つの大きな効果をもたらします。免疫を活性化した結果、加温した局所から離れた部分にあるがんの転移組織も縮小化させる、アブスコパル効果も期待できます。さらに、温熱療法は、手術や放射線治療、がん薬物治療といったがんの3大治療法と併用することで、効果が増強することも報告されています。
非侵襲的な治療であるため副作用も少なく、局所加温ならば2クールまでは基本的に保険適用されます。
ただし、温熱療法をおこなっている医療機関が限られています。がんの治療中で温熱療法も視野に入れて検討する場合、週に1~2回は通院する必要があるため、お住いの地域の近くに温熱療法を行っている医療機関があるかどうか、まずは調べてみましょう。