なぜケトン食ががん治療に効果があるのか

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なぜケトン食ががん治療に効果があるのか

なぜケトン食ががん治療に効果があるのか

近年、がん治療への期待が高まっている「ケトン食」。ケトン食とは、糖や炭水化物を制限して脂質を多く摂取する食事療法です。今回はケトン食について、以下の内容をわかりやすく解説します。

  • がん治療に効果がある理由
  • がんケトン食療法の実践内容
  • がんケトン食療法の研究報告

ケトン食療法の歴史や注目された背景についても紹介しますので、ぜひ最後までチェックしてください。

ケトン食とは

ここでは、ケトン食の基本や病気の治療に用いられてきた歴史、近年がん治療に対して適用されている理由を詳しく解説します。

ケトン食の基本

ケトン食とは糖質の摂取量を制限して、タンパク質と脂質を多く摂取する食事療法のことです。通常、人間の体は糖質がおもなエネルギー源となっています。

しかし、何らかの理由で糖質が欠乏状態になると、代わりのエネルギー源としてケトン体を利用するのです。ケトン体は、体内にある脂肪を分解して作られます。このような人間が持つエネルギー代謝の仕組みを利用して考案されたのが、ケトン食です。

ケトン食療法の歴史

ケトン体を治療に応用した歴史は非常に古く、古代ギリシャ時代までさかのぼります。西洋医学の父と呼ばれるヒポクラテスは、絶食して飢餓状態になるとてんかんの発作が抑えられることをすでに発見しているのです。

1921年には、アメリカ人医師が絶食より体への負担が少ないケトン食を考案しました。そして、てんかん患者にケトン食療法をおこなったところ、発作を抑制する良好な結果が得られました。

日本では1950年代からケトン食療法が知られるようになり、小児の難治性てんかんの治療に適用されてきました。2016年には、難治性てんかん・グルコーストランスポーター1型欠損症・ミトコンドリア病の患者に対して、ケトン食療法が保険適用されています。

ケトン食ががん治療で注目されたきっかけ

ケトン食ががん治療で注目されるようになった背景には、イヌイット民族の食習慣があります。イヌイット民族の疫学調査をおこなったところ、以下のような結果が得られました。

イヌイット民族は、伝統的に低炭水化物・高脂肪食の食習慣があり、がんの発生率は極めて低いものでした。しかし、1910年代から毛皮交易により、イヌイット民族は欧米化の食文化を取り入れるようになります。食生活が大きく変化したことで、1950年代になるとイヌイット民族で肺がん・結腸がん・乳がんにかかる人が大幅に増加したのです。

近年では、2011年にドイツで末期がん患者にケトン食療法をおこなったところ、精神面や不眠症の改善がみられたとの症例報告がありました。現在はドイツやアメリカを中心に、がんに対するケトン食療法について数々の研究がおこなわれています。

ケトン食ががん治療に効果がある理由とは

ケトン食ががん治療に効果がある理由とは

ケトン食ががん治療に効果があると考えられている理由には、以下の3点が挙げられます。

  • がん細胞はケトン体をエネルギー源にできない
  • ケトン食はインスリン分泌を抑えられる
  • 化学療法や放射線治療と相性が良い

それぞれについて、わかりやすく解説します。

がん細胞はケトン体をエネルギー源にできない

正常細胞は、糖質もケトン体もエネルギー源として利用可能です。しかし、がん細胞はケトン体を分解する酵素が欠けていたり活性が弱かったりするため、ケトン体をエネルギー源として活用しにくく、生き残れなくなると考えられています。

また、がん細胞は糖質をエネルギー源としており、自分自身が生きるために大量の糖質を取り込む性質があります。ケトン食療法をおこなうと、がん細胞は糖質を取り込めず飢餓状態になるため、増殖を抑制できると推測されているのです。

ケトン食はインスリン分泌を抑えられる

インスリンには発がん作用があると知られています。インスリンの過剰分泌によってがん化が促進される仕組みについて、ショウジョウバエを使った京都大学の研究発表があります。

性質の異なる細胞が同じエリアに存在したとき、通常はタンパク質を合成する能力の高い正常細胞が生き残り、合成する能力の低い異常細胞は排除される仕組みになっています。しかし、血中のインスリン濃度が高くなると、異常細胞のタンパク質を合成する能力が正常細胞より高くなり、排除されなくなるためがん化することが判明しました。

ケトン食では、糖質が制限されてインスリン分泌が抑えられるため、異常細胞は通常どおり正常細胞によって排除されるようになると考えられています。

化学療法や放射線治療と相性が良い

国内外の研究で、ケトン食療法と化学療法を併用した症例が報告されています。報告のなかでは、併用治療により体重と血糖値の低下がみられたものの生活に支障はなく、それ以外の血液検査の結果にも異常がみられませんでした。

多形神経膠芽腫においても、抗がん剤、放射線治療の標準治療とケトン食療法を併用した海外の症例報告があります。ケトン食療法を併用しても標準治療に影響はなく、症状が改善したことが報告されています。

ケトン食療法は、化学療法や放射線治療と併用しても、副作用や相互作用はあまり起こらないため、がん患者へのさらなる活用が期待されています。

がん以外でケトン食療法の対象となる疾患

がん以外でケトン食療法の対象となる疾患

がん以外でケトン食療法が実践されている疾患には、てんかんとアルツハイマー型認知症があります。ひとつずつ詳しくみていきましょう。

てんかん

ケトン食療法は、もともとてんかんの治療に適用されていました。しかし、ケトン体がてんかん発作の抑制にどのように作用するのかはまだ解明されていません。

抗てんかん薬で発作がコントロールできない患者にケトン食療法をおこなった結果、約50%の患者は発作の頻度が半分に減った、というデータがあります。また、なかには完全にてんかん発作をコントロールできたという人も数%いました。

アルツハイマー型認知症

アルツハイマー型認知症においても、ケトン食療法を適用することにより精神機能が改善するという研究報告があります。アルツハイマー型認知症の脳は、ブドウ糖をエネルギー源としてうまく利用できなくなっていることが明らかになってきました。

一方でケトン体は、アルツハイマー型認知症の発症後も、脳のエネルギー源として利用されていることがわかりました。そのため、脳の機能が回復すると考えられています。またケトン体は、神経細胞の炎症を抑える働きがあるため、脳の機能が保護できると推測されています。

がんケトン食療法の実践

がんケトン食療法の実践

ここでは、がん患者に対するケトン食療法はどのように実践されているのか、また、がん患者がケトン食療法をおこなう際に注意するべきことはなにか、詳しく解説します。

がんケトン食療法の具体的な方法

がんケトン食療法で数々の研究報告をしている、大阪大学の導入方法を紹介します。大阪大学のケトン食療法で基本としているのは「ケトン比」です。ケトン比は、「脂質量÷(たんぱく質量+糖質量)」で計算されます。

また、一日に必要な摂取エネルギー量を「30kcal/kg×標準体重(kcal)」としています。ここでは、体重50kg、一日の摂取エネルギー量が1,500kcalの場合を例に、具体的な導入方法を説明します。

  • 初回~1週間
    糖質:10g
    タンパク質:60g 脂質:140g ケトン比2:1
    エネルギー:30kcal/kg×標準体重(kcal)
  • 2週目~3カ月
    糖質:20g
    タンパク質:70g 脂質:120g~140g ケトン比は2:1〜1:1
    エネルギー:30kcal/kg×標準体重(kcal)
  • 3カ月〜(ケトン比は1:1)
    糖質:30g
    タンパク質:70g 脂質:100g~120g ケトン比は2:1〜1:1
    エネルギー:30kcal/kg×標準体重(kcal)

(引用:萩原 圭祐ほか.大阪大学における癌ケトン食療法5年間の取り組みについて.外科と代謝・栄養,53 巻 (2019) 5 号, p207-215)

がんケトン食療法は、糖質を大きく制限する治療法です。安全におこなうためにも、医師や管理栄養士の指導が必要です。ケトン食療法を導入している病院や、なかには専門外来を設けている病院もありますので、まずは受診してから始めましょう。

がんケトン食療法を避けた方が良い人

脂肪酸からケトン体への分解に問題のある人は、ケトン食療法をおこなってはなりません。具体的には、原発性カルニチン欠乏症・脂肪酸酸化障害・ピルビン酸カルボキシラーゼ欠損症・ポルフィリン症の患者です。

また、原則的に避けた方が良いのは、肝硬変・肝臓がん・糖尿病治療中の患者です。がん患者のなかには、合併症のある人もいます。ケトン食療法をおこなうことができるのか、事前に医師に相談をしましょう。

がんケトン食療法の注意点

がんケトン食療法おこなうにあたり、以下のような注意点があります。

  • がんケトン食療法の副作用
    がんケトン食療法でよくみられる副作用には、嘔気・嘔吐、便秘・下痢などの消化器症状や、体重減少、活動性の低下などがあります。予期できない副作用も考えられるため、医師による定期的なチェックが必要です。
  • がんケトン食療法の単独での効果
    現時点で、がんケトン食療法が単独治療で有効であるというエビデンスはありません。しかし、大阪大学が進行性のがん患者に対しておこなった臨床研究で、がんケトン食療法が有望な「支持療法」になる可能性が示されました。
    (支持療法:がんそのものに伴う症状や、治療による副作用・合併症・後遺症による症状を軽くするための予防、治療、およびケア)
    がんケトン食療法は、化学療法や放射線治療と併用することで治療効果を発揮するといえるでしょう。
  • がんケトン食療法における栄養素の管理
    がんケトン食療法では、糖質の量を制限して、たんぱく質・脂質の摂取量も厳密に管理する必要があります。また、ケトン食では制限しなければならない食材があるため、特定の栄養素が不足する恐れがあります。考えられるものに、ビタミンB1・ビタミンB2・ビタミンB6・亜鉛・カルシウムなどが挙げられます。そのため、がんケトン食療法は、医師や管理栄養士の指導のもと、安全におこなうことが重要です。

がんケトン食療法の食事内容

がんケトン食療法の食事内容

がんケトン食療法に適した食材や、避けた方が良い食材について詳しくみていきましょう。

玄米やパンなど糖質が多い主食を控える

糖質は、炭水化物から食物繊維を引いたものです。がんケトン食療法では、1日あたりの糖質摂取量を10~30gに抑えなければなりません。炊いた状態の玄米100gの糖質は34.2g、6枚切り食パン1切の糖質は26.6gです。

糖質量を考えると、白飯・玄米・パンをがんケトン食療法で主食にすることはとても難しいです。ほかにも、じゃがいもやさつまいもなどの芋類、豆類のなかでも小豆やいんげん豆は糖質が多く含まれるため、がんケトン食療法をおこなうときには注意が必要です。

MTCオイルの摂取

MTCは「Medium Chain Triglyceride」の略で、日本語では中鎖脂肪酸と呼ばれています。中鎖脂肪酸を多く含むオイルには、ココナッツオイルやパームオイルがありますが、含有している割合は60%程度です。これらのオイルを精製して中鎖脂肪酸100%にしたものが、MCTオイルです。

がんケトン食療法では、摂取エネルギーの多くを脂質から得る必要があるため、食材だけで摂取しきれない脂質をMCTオイルで補います。また、MCTオイルは一般的な油よりも消化・吸収が早く、すばやくエネルギーに変換されるため、摂取することで効率よくケトン体を増やすことができます。

がんケトン食療法で避けた方がよい食材

がんケトン食療法では、糖質の摂取量に注意が必要です。お米やパンなど主食以外にも気をつける食材は多くあります。栄養ドリンク・野菜ジュース・成分調整豆乳は、砂糖や果糖が多く含まれるため摂取しないようにしましょう。

粉物については、小麦粉はおからパウダーや大豆粉に、片栗粉は粉寒天に置き換えることができます。調味料にも、多くの糖分が含まれています。砂糖は人工甘味料を利用し、みりんは使用を控えたほうが良いでしょう。市販のケチャップやソースは、低糖質のものにするか、使用量そのものを控えるようにしましょう。

がんケトン食療法の研究報告

がんケトン食療法の研究報告

近年発表されたがんケトン食療法について、研究結果をいくつか紹介します。

乳がん患者に対するがんケトン食療法の結果

乳がん患者に対するがんケトン食療法について、海外の研究結果を紹介します。化学療法を受けている局所進行性または転移性乳がんの患者を、がんケトン食療法を併用するグループと化学療法のみで治療するグループに分けて、12週間後の結果を比べています。

転移性乳がんでは、治療効果が現れた割合に有意差はみられませんでした。一方で局所進行性乳がんは、がんケトン食療法を併用したグループで腫瘍サイズが小さくなり、ステージの改善がみられたと報告されています。

ステージ4の大腸がんにおけるがんケトン食療法の結果

ステージ4の大腸がんの患者に対するがんケトン食療法について、2018年に日本で掲載された研究報告です。ステージ4の進行再発大腸がん患者を対象に、抗がん剤治療のみのグループと、抗がん剤治療とがんケトン食療法の併用治療を1年間継続したグループにわけて、経過を比較しています。

抗がん剤治療とがんケトン食療法を1年間継続したグループでは、治療効果が現れた割合が60%、病勢コントロールできた割合は70%でした。一方、抗がん剤単独で治療したグループは、治療効果が現れた割合が21%、病勢コントロール率は64%となっています。この結果から、抗がん剤治療とがんケトン食療法を併用することで治療成績が上がる可能性が示されています。

進行がんにおけるがんケトン食療法

進行がんの患者ががんケトン食療法をおこなう場合、長期にわたって実施することが、生存率にどのような影響をあたえるか調査した研究です。日本国内の研究結果としては新しく、2023年に発表されました。

がんケトン食療法の継続期間が12か月以上のグループと12か月未満のグループに分けて、それぞれの生存期間を比較しています。ケトン食療法を継続して実施した期間の中央値は、12か月以上のグループで37か月、12か月未満のグループは3か月でした。

また、研究の追跡期間中における生存期間の中央値は、12か月以上のグループで55か月、12か月未満のグループは12か月でした。この結果により、がんケトン食療法を12か月以上継続することで、生存率が大幅に改善される可能性があることが示されました。

まとめ

進行がん患者がおこなう新たな支持療法としてケトン食療法はますます期待

ケトン食療法は、糖質制限をおこない、脂質の摂取量を増やすことで体内にケトン体を生成させる食事療法で、昔からてんかん治療に適用されてきました。ケトン食療法には厳格な糖質制限が必要なため、ケトン食に精通した医師や管理栄養士の指導が必要です。

ケトン食療法ががん治療に効果がある理由として、がん細胞がケトン体をエネルギー源として活用できないこと、インスリン分泌を抑えてがんが増殖しにくい環境を作ることなどが挙げられます。がんケトン食療法については、化学療法や放射線治療と併用することで、治療効果や生存率に改善がみられたという国内外の研究発表が複数あります。進行がん患者がおこなう新たな支持療法として、ケトン食療法はますます期待されていくことでしょう。

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