ワールブルグ効果とは?がん治療や検査との関係もわかりやすく解説

ノーベル生理学・医学賞を受賞したがんに関する研究のひとつとして、本庶 佑博士の「免疫チェックポイント阻害因子の発見とがん治療への応用」が挙げられます。この研究の受賞をきっかけに、日本では従来のがん標準治療(手術・化学療法・放射線療法)に続く第4のがん治療法として、免疫療法が広く知られるようになりました。
「オプジーボ」や「免疫チェックポイント阻害剤」というキーワードをご存じの方も多いでしょう。
では、「ワールブルク効果」についてはどうでしょうか。
初めて耳にするという方がほとんどではないかと思いますが、このワールブルク効果も現在のがん治療に大きく関わっている理論なのです。
本記事では、ワールブルク効果について解説するとともに、がんの治療や検査にどのように応用されているのかご紹介していきます。
目次
ワールブルク効果とは

ワールブルク効果は、1920年代から1930年代にかけて、ドイツの生化学者であるオットー・ワールブルク博士によって発表された理論です。ワールブルク博士は、その後1931年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。
これまで、がんが発生するおもな原因は遺伝子の異常であるといわれてきました。しかし、これまでのさまざまな研究により、代謝の異常もがんの原因のひとつであることが明らかになっています。
この「がんは代謝の異常である」という理論を、100年以上前に提唱したのがワールブルク博士です。ワールブルク効果は当時としては非常に画期的で、当時のがん医療の常識をくつがえす発見だったと考えられます。
ワールブルク効果とがんの関係

はじめに、ワールブルク効果はがんのどのような点に着目した理論なのか、がんの発生や増殖を招く4つの異常について解説しながら紐解いていきます。
がんの発生・増殖を招く4つの異常
がんが発生や増殖には、以下の4つの異常が関わっているとされています。
- 遺伝子の異常
- 免疫の異常
- 環境の異常
- 代謝の異常
ここからは、これら4つの異常とがんの関係についてみていきましょう。
遺伝子の異常
細胞のなかの遺伝子(DNA)に何らかの異常が起こることで、がん細胞が発生します。
遺伝子の異常を引き起こす原因にはさまざまありますが、たばこ・発がん性の化学物質・放射線・ウイルス感染などが異常を招くとされています。また、正常な細胞分裂の過程でも異常があらわれることがあり、さらに加齢によって遺伝子に変化がおこりやすくなるともいわれています。
ただし、遺伝子に異常が起こったとしても、すぐにがんを発症するわけではありません。多くの場合、がん細胞の発生には複数の遺伝子の異常が必要だからです。
また、これらの遺伝子の異常は長い時間をかけて徐々に蓄積されることから、高齢になるほどがんの発症が増えるのはそのためだと考えられています。
免疫の異常
免疫とは、体にウイルスや細菌などの異物が侵入することを阻止したり、排除したりする働きのことです。この免疫の働きは、異物を排除するために力が強くなったり、細胞を過剰に攻撃することがないよう弱くなったりすることで、健康な状態を維持しようとコントロールされています。
人間の体内では、何らかの原因により毎日3,000個以上のがん細胞が発生するとされていますが、通常は免疫の働きによってがん細胞が排除されるため、発症するには至りません。しかし、疲労や体の不調などで免疫の機能が低下してしまうと、がん細胞を排除することができず、そのままがん細胞へと変化して増殖していくのです。
そのため、免疫の均衡を保つことががんの発症を防ぐことにつながります。なかでも、がん細胞に対して効果を発揮するのがT細胞とNK(ナチュラルキラー)細胞ですが、ほかの細胞と同じように、加齢とともに劣化・減少することがわかっています。
環境の異常
体のなかの細胞間の情報伝達をおこなう細胞外小胞のひとつに「エクソソーム」があります。エクソソームは、細胞間で必要な物質を運搬しながら、それぞれの細胞を活性化させるメッセンジャーのような役割を担っています。
がん細胞から放出されたエクソソームは、がん細胞の周囲の環境を整えることで増殖するのを助けたり、免疫細胞の働きを抑えたりすると考えられています。さらに、加齢によりエクソソームに対するアンテナの役割をもつ細胞膜の感受性が低下すると、細胞のがん化や増殖がしやすい環境になるとされています。
代謝の異常
近年、がんの発生・増殖の要因として注目されているのが代謝の異常です。
がん細胞が生存に必要なエネルギーを産出するとき、正常な細胞とは違う代謝経路を使っていることがわかっています。このがんにおける代謝の異常を唱えた理論が、ワールブルク効果です。ワールブルク博士は、1920年代から1930年代にかけての研究発表後も「がんは本質的に代謝障害である」と主張してきましたが、当時はがん医療の主流となることはありませんでした。
しかし、2000年代に入って再びがんの代謝に関する研究がおこなわれるようになり、ワールブルク博士の発見以外にもがん特有の代謝があることが報告されています。
ワールブルク効果はグルコース(ブドウ糖)の代謝に着目した理論ですが、ロバート・M・ホフマン博士は、メチオニン(たんぱく質を構成する必須アミノ酸のひとつ)の代謝異常もがんの原因であるという新説を唱えています。この理論は、博士の名前にちなみ「ホフマン効果」と呼ばれています。
ワールブルク効果のメカニズム

前項では、がんの発生・増殖を招く要因のひとつに代謝の異常があり、ワールブルク効果はがんと代謝の関係に着目した理論であることを紹介しました。
代謝とは、体内で起こる化学反応の総称で、生命活動に欠かせないものです。呼吸や食事で取り込んだ酸素や栄養素は、代謝の働きによって生命の維持に必要なエネルギーへと変換されます。
また、代謝によるエネルギー生成には、「解糖系」と「ミトコンドリア系」の2系統があります。
解糖系のエネルギー生成
解糖系では、食事により摂取した炭水化物はグルコース(ブドウ糖)に分解されます。次に、グルコースがピルビン酸という有機化合物に分解され、さらに乳酸へと変換されます。
解糖系では、細胞内で酸素を使うことなく素早くエネルギーを生成します。酸素を燃焼させる必要がないため瞬発力がある一方、持続力はないことが特徴です。
ミトコンドリア系のエネルギー生成
ミトコンドリア系では、細胞のエネルギー工場といわれる「ミトコンドリア」という小器官で、酸素を利用してエネルギーを生成します。
食事で摂取した炭水化物・たんぱく質・脂質などの栄養素は、乳酸やアセチルCoA(エネルギー代謝の中間体)に変換されます。変換された乳酸・アセチルCoAは、ミトコンドリア内の「TCA回路(クエン酸回路)」というサイクルに取り入れられ、このときに、解糖系で生成された乳酸も同時に取り込まれます。
TCA回路では、酸素を使用して化学反応がさまざま起こり、クエン酸や生命活動に必要なエネルギー源「ATP(アデノシン三リン酸)」が生成されます。
がんの代謝とワールブルク効果
一般的に、自律神経の交感神経が優位なときは解糖系、副交感神経が優位のときはミトコンドリア系が代謝に使われるとされています。正常な細胞はこれら2つの代謝の仕組みをうまく使い分けていますが、がん細胞の場合は異なります。
なぜなら、がん細胞はミトコンドリア内で酸素を使ってエネルギーを産出する能力に著しく劣るからです。そのため、酸素が必要なく、グルコースを使用することでエネルギーが生成できる解糖系の代謝に依存せざるをえないのです。
これが、「がん細胞が増殖するとき、正常な細胞よりも大量のグルコースを取り込む」というワールブルク効果のメカニズムです。
ワールブルク効果のがんへの応用

解糖系の代謝に着目したワールブルク効果は、現在のがん医療の現場にも応用されています。ここからは、ワールブルク効果に基づいた治療・検査について詳しく解説していきます。
FDG-PET検査
FDG-PETは、がん細胞が大量のグルコース(ブドウ糖)を取り込むというワールブルク効果の仕組みを利用した画像診断です。FDG(フルオロデオキシグルコース)をいうグルコースと似た働きをもつ放射性物質を使用した検査で、X線検査やCT検査よりも高い精度でがん細胞を検出することが可能です。
FDGを注射するとがんの病巣にFDGが集積し、そこから放射線が放出されて光を発します。その様子を画像化することにより、がんの病巣や転移を発見することができるのです。
FDG-PETに反応したがん細胞が見つかった場合は、グルコースの代謝異常によるがんであると判断されます。
ケトン食療法(ケトジェニック)
がん細胞は解糖系の代謝に依存しているため、大量のグルコース(ブドウ糖)を必要とします。そのため、がん細胞は生存のエネルギー源となる糖質を大好物としています。
この「がん細胞が糖質に依存する」ということを利用して治療に取り入れられているのが、「ケトン食療法(ケトジェニック)」です。ケトン食療法とは、糖質を極力減らして脂質を多めに摂取する食事療法で、多くの医療機関で採用されています。
通常、炭水化物から変換されたグルコースは肝臓に貯蔵され、正常な細胞はこのグルコースをエネルギー源と活用しています。また、血糖値が下がると、脂肪が燃焼により肝臓の脂肪酸が分解されて「ケトン体」が作られ、体内のグルコースが不足した際のエネルギー源として蓄えられます。
正常な細胞は、肝臓にグルコースが無くなってもケトン体をエネルギー源として使うことができます。しかし、がん細胞はエネルギー源をグルコースに依存しているため、ケトン体をエネルギーとして活用することができません。
ケトン食療法をおこなうと、糖質が不足することから解糖系によるエネルギー生成が抑制され、ケトン体をエネルギー源とするモードへと切り替わります。その結果、がん細胞がエネルギー不足と陥るため、増殖・転移をおさえることができるのです。
また、ケトン食療法は、化学療法や放射線療法との併用による副作用・相互作用があまりみられないことから、今後のがん治療への活用に期待されています。
ケトン食療法については以下の記事でも詳しく解説しています。
>>なぜケトン食ががん治療に効果があるのか
CPL(環状重合乳酸)摂取
前項で紹介したケトン食療法は、がん細胞の増殖・転移に非常に有効な手段です。しかし、主食である米やパンを極力控える必要があるため、体力の低下している患者さんには継続が難しいことがあります。
そのような場合には、CPL(環状重合乳酸)の摂取に効果が期待できます。CPLは、がんの研究者により発見されたがんの抑制物質に由来する、安全性の高い機能性食品(サプリメント)です。
機能性食品というと、その医学的根拠に不安をもつ方も多いと思いますが、CPLが1990年代に製品化されて以来、がん抑制の有用性を確認したという臨床研究の結果が多数報告されています。
がん細胞が解糖系の代謝でエネルギーを生成する過程で、LDH(ラクテートデヒドロゲナーゼ)という酵素の変形型であるLDH-Kが活性化します。このLDH-Kをそのままにしてくと、がん細胞がどんどん増殖していくことがわかっています。
CPLには、がん細胞を活性化させるLDH-Kを強く阻害する作用があります。そのため、CPLを摂取することにより、がんのエネルギー経路を遮断してアポトーシス(自滅)へと誘導することができるのです。また、CPLは正常な酵素であるLDHには作用しないので、正常な細胞のエネルギー生成を妨げることがありません。
さらに、CPLにはヘモグロビンの酸素供給能力を高める働きもあるため、免疫細胞のひとつであるNK細胞も活性化することが明らかになっています。そのため、がんの治療としてだけではなく、健康な方のがん予防としても効果が期待できます。
CPJ(環状重合乳酸)については、以下の記事でも詳しく解説しています。
>>CPL(環状重合乳酸)とは?がん細胞を抑制する効果があるって本当?
まとめ

本記事では、がん医療に大きな影響を与えた「ワールブルク効果」について解説してきました。
オットー・ワールブルク博士の「がん細胞が増殖するとき、正常な細胞よりも大量のグルコースを取り込む」という発見は、当時のがん医療の常識をくつがえす画期的なものであったと考えられます。なぜなら、がんの発生・増殖の原因として遺伝子にフォーカスするのではなく、代謝に着目したからです。
がんの代謝に関する研究は一時期おこなわれることがなくなりましたが、2000年代に入って再び研究が始まり、ワールブルク効果以外のがん特有の代謝がいくつか発見されています。メチオニン(必須アミノ酸のひとつ)の代謝に着目した「ホフマン効果」もそのひとつです。
また、100年以上に発見されたワールブルク効果は、現在のがん治療や検査にも応用されています。代表的なものとして、グルコースに似た働きのある放射性物質を利用したFDG-PET、ケトン食療法、CPL摂取などが挙げられます。
ケトン食療法やCPL摂取は、手術や化学療法のように身体的負担の大きい標準治療とは異なる「セルフメディケーション」です。セルフメディケーションと聞くと効果に疑問を持たれるかもしれませんが、今回ご紹介した方法には科学的根拠に基づくエビデンスがあります。これらのワールブルク効果を応用したセルフメディケーションは、ステージ4のがんの進行抑制だけではなく、がんの発生を防ぐ0次予防にも大きく役立つでしょう。
がんと代謝の関係については、佐藤俊彦医師の著書「ステージ4でもあきらめない!代謝と栄養でがんに挑む」で詳しく解説しています。
>>著書の情報はこちら
また、以下の動画でもご紹介しておりますので、ご興味のある方はぜひご視聴ください。